開発者が語るThinkPad Tablet 2 - ユーザーエクスペリエンス・ソフトウエア

ThinkPad Tablet 2

3回目の開発者が語るThinkPad Tablet 2 - ユーザーエクスペリエンス・ハードウエアに続き、開発者たちの生の声をお届けします。

4回目は、ユーザーエクスペリエンスに直結するソフトウェア開発を中心に語ります。幻の700Cのデジタイザーペン・モデルと750TのデバイスドライバーやAPS (Active Protection System)の開発などの経験があるエンジニアと、Microsoftへの出向、BIOS開発や初代Tabletの開発などの経験があるエンジニア、ソフトウェア部門の2名にインタビューしました。

 

- Tablet 2のソフトウェア開発を終えた今の感想は?

與茂: 本人が言うのはなんですが奇跡のようです(笑)・・・完成したのは。通常の製品のソフトウェア開発では、開発を始めて3か月もすれば動き出してテストはスムースに行えるのですが、Tablet 2は動き出すまでがとても長かったんです。後半の追い込みがすごかったですね。

丸一: ソフトウェアのBIOS・OS・ThinkVantageのすべてが新規開発の製品は、昨今では私たちにとって初めての体験でした。今まではどれか一つは踏襲できていましたし、開発中に問題が出ても、踏襲した安定性のあるものは省き、問題の原因を特定する事が容易にできていました。しかし、今回はどれも新しいので、見たこともないような問題が多発・・・。

機能的にも新たに考えないといけないものが多々ありました。例えばBIOSセットアップでタッチ操作をどうするのか? PC用のチップセットでサポートされているSMI (System Management Interrupt) と呼ばれる優先度の高い割り込み機能がないシステムでComputraceのようなセキュリティー機能をどうやってサポートするのとか?ちゃんとしたEmbedded controllerがない状態で、バッテリー情報をどう入手するかとか?BIOSチームが一番苦労していました。

 

- 壮絶な話です・・・。どうやって解決したんですか?

與茂: BIOSのエンジニアが交替で、ずっと台湾に常駐していました。また私が半年くらいUSのMicrosoft本社に常駐していました。

以前のインタビューでも説明がありましたが、Tablet 2は IDP (MicrosoftとIntegrated Development Program)というパートーナーシップ・プログラム、共同開発とも言える契約を結んでいました。レノボの開発テストと並行してMicrosoft内でも色んな検証を行うためには、密なコミュニケーションが必要で、私がレノボのソフトウェア開発の代表としてMicrosoftの研究所に乗り込んだわけです。

しかし、Microsoftから見れば私の専門分野は関係なく、開発を進めるために送り込まれた人員に過ぎません。現場にいれば、どんな問題でも私に一旦インプットされます。ハブのような役割です。ハードウェアの問題が発生した時には、大和の機構設計や電気設計の部門から分解写真の撮影の依頼が来て、対応していました。

多分私が世界中で一番、Tablet 2を分解した人間です(笑)。500回以上はやったでしょう。

 

- え?分解?それは基本的にはハードウェアの仕事です。なぜそこまで・・・。

丸一: 当時は私が與茂の上司で、私がとにかく現地でやれることはやってくれとお願いしました。レノボ全体の大局で捉えれば、ゴールは「製品を完成する」ことであって、「ソフトウェア開発だけを進める」ことではありませんでしたから。もちろん大和でも彼をサポートしていましたが、現地で問題の出たマシンの分解は、現地でしかできないので・・・「生きてるか~」・・・「もう少しだから我慢してくれ~」・・・としか言えませんでした(笑)。

與茂:私が分解した理由の一つは、ある問題の解決のためです。筐体側のコネクタから電源供給ができず、バッテリーがすぐ空になる問題が発生しました。電源供給できなければ起動もできず、ソフトウェアのテストをするどころではありません。その問題が解決するまで、カバーを開き内部の電気回路に直接USB電源を接続して、テストをしていました。

本来は、ハードウェアのチームの仕事かもしれませんが、彼らは彼らで他の問題解決で忙しかったので、自分たちでやっちゃいました(笑)。

色々ありましたが、やっとまともに動くようになってくると、今度はユーザーエクスペリエンス向上のフェーズに入りました。

タッチ画面の基本操作、例えばスクロールやズームの追従性などは、ユーザーエクスペリエンスに大きく影響するところです。それをソフトウェア品質の向上で滑らかにしていきました。具体的には、ファームウェア・グラフィックドライバー・物理/論理モジュールなどのソフトウェア設計を最適化し、タッチ操作のパフォーマンス向上を実現しました。

流れるようなスクロールは自慢の一つです。

丸一: Microsoftから提供されていたパフォーマンスを評価するツール、ADK (Assessment and Deployment Kit)も、OS及び、搭載されているすべてのソフトウェア品質の向上に役立ちました。評価結果を反映していくつかの障害を取り除き、タッチの操作性だけでなく、画面描画スピードや起動/スリープ/シャットダウンなどのスピードも向上させました。それもユーザーエクスペリエンスの向上に貢献していると思います。最初の頃はこのツールが全く動かなかったので、目覚ましい改善だと思います。(笑)

 

- 開発秘話や苦労話はいつもインタビューで聞くのですが、ほぼお腹一杯です(笑)。もし、まだ話し足らないことがあれば、どうぞ。

與茂: まだありますよ、3つも(ニヤリ)。

一つ目は、Microsoftに常駐している時に印象に残ったことです。

Microsoftの中でTablet 2の検証を行っていた場所は、ユーザーエクスペリエンス・ラボという部門のセキュリティーの厳しいテストルームでした。その部屋の温度は常に一定で、摂氏15度くらいに管理されていました。日本人の私としては「寒!」と感じるくらいです。

そこにはズラーっとTablet 2が並んでいて、同じようにズラーッとテストする人が並んでいるんです。色んなタッチ操作をテスターの人が実際に行#34892;っていて、どんなハイテク企業でも結局人力なんですね。

人の感性を評価するのは人しかいないと、妙に納得しました。

二つ目は、ThinkPadの"i"の赤ドットLEDのことです。

当初は赤ドットLEDが搭載されていました。Edgeシリーズと同じように、LEDがスリープ中にホワホワと蛍のように点灯するなどの機能を入れていました。赤のアクセントはThinkPadのアイデンティティーですから、それを強調するためには良いデザインだったんです。ハードウェアはもちろん、ソフトウェアもそれを実装するために仕込みをしていました。しかし、Windows 8のタブレット機には、LEDインジケーターを制限する要求があることが開発途中に分かり、最終的には実装しないことになりました。

でも、要求が無くなれば、すぐにでも復活できるように仕込んでいますよ(笑)。

三つ目は、すごく些細なことなのですが、BIOSセットアップ画面のことです。

Tablet 2の画面が小さく、指のタッチ操作でBIOSセットアップをしようとすると、行間が狭すぎて難しいんです。最初はズームすれば問題ないだろうと思っていたのですが、OSが起動していない状態でのズームは不可能でした。基本的には、BIOSはどの機種でもほぼ共通なのですが、ここは操作性にこだわりました。

最終的には行間を広くして、指でも操作しやすいようにしています。

BIOSセットアップ画面

丸一: 私も一つあります。(ニヤリ)

Tablet 2の専用キーボードは、Bluetooth接続の外付けキーボードです。「Bluetooth接続するだけだろう」と思われがちですが、実は違います。デバイスの検知方法に始まって、Power Management機能の実装方法など色々決めないといけないことがあります。他社のBluetoothキーボードを色々研究して、いいとこ取りしました。また、ThinkPadにはTrackPointというユニークな機能があります。Bluetooth接続のキーボードでTrackPointの機能を持つものは、まだ世の中にはありませんでした。しかも、ただのTrackPointではなくOptical TrackPointで、これも初ものでした。

特に技術的に難しかったのは、キーボードの手前にあるTrackPoint真ん中ボタンの機能の実装でした。真ん中ボタンはTrackPointと合わせて「画面スクロール」として使用されていることが多いのですが、実はアプリケーションごとに色々な対応をする必要があります。TrackPoint供給メーカーには既に蓄積された技術があるのですが、今回採用したOptical TrackPointのメーカーは初めてだったんです。しかも、「惰性でスクロールを続ける」というOptical TrackPointユニークな機能までサポートしたので、大変でした。他にもキーボード6列目のホットキー実装をどうするか?というのもありました。

これらは大和でしかできないことだったので、大和の独自開発となりました。つい最近発表されたTrackPoint付Bluetoothキーボードは、この時に開発されたソフトウェアが移植されて使われています。

 

- では最後に、将来に向けての話はありますか?

與茂: 色々ありましたが、新しいOS/プラットフォームにチャレンジするのは楽しいですね。

Tablet 2は、Windows 8としては第1世代のThinkPadタブレット機です。開発者として胸を張って100%の自信が持てる品質かと言えば・・・。第1世代だけに踏込みが足らなかったところや、やり残したところがあります。今は正直満足できていません。安定性をもっと向上させる目途は立っていますし、第2世代はもっと良くしますよ。

ひとつの製品を終えると必ず反省点があり、自分の目標が常に高くなっていくので、100%満足のいくものは、永遠にできないかもしれないですけどね(笑)。

ThinkPad Tablet 2を持った、與茂 孝嗣

 

丸一: Tablet 2本体だけでも新しいことだらけで大変なのに、キーボードまで・・・。このようなチャレンジングなプロジェクトに貢献できて光栄ですが、久々に徹夜をした、本当に大変なプロジェクトでした。まあ死ぬことはないだろう、いつかはなんとかなると、ある意味開き直っていました。初代Tabletの件があるので、図太くなったのだと思います(笑)。でも私自身は小心者なので、製品化できた時は本当にほっとしました。協力してくれた皆様に感謝しています。

今後は、何かに特化したタブレット機の開発に関わりたいと思っています。例えば飲食店業界に特化したもので、メニューの言語が簡単に切り替えられたり、クレジットカード決済や手書きサインができたり、おまけに丸洗いもできる・・・なんてね(笑)。タブレット機とはそのようなカスタマイズするには、最適なPC+製品だと思っているんです。レノボのタブレット製品の世界が、もっと拡がっていける提案ができれば嬉しいですね。

ThinkPad Tablet 2を持った、丸一 智己